一口に経歴と言ってもいろいろある。まず、そのなかで「学歴」と呼ばれるものについて考えてみると、それは大抵「学習歴」ではなく(まして「学的研鑽歴」などではさらになく)「学校歴」と呼ぶべきものであることに気付く。
そして(欧米はともかく)日本の大学は合格するまでがキモで、卒業するのは比較的やさしいと言われている点にも注意が必要だ。つまり、ある大学を卒業したという事実は、その大学に入学したことがあるというのと大差ないのだ。(ちなみに私はサボりすぎて留年したが、卒業は問題なくできた。教職をとらなかったのは失敗だったかもしれないとは最近になって思い始めているが…。)
ということは、「学歴」そのもの(特に日本の大学を卒業するまでの部分)によって表されているのは、「大学合格までの実績」がその大半を占めているということになる。若手を終えて中堅以上の年齢ともなれば、大学合格以降の方が研鑽期間としては長いものであるはずなのに、だ。そこで、大学合格以降の実績・経歴が大きな問題となってくる…はずだ。(と、冷や汗をかきながら書いてみる。)
ところで、経営(に限らず)コンサルタントになるのに特定の資格や学位は要求されない。その意味では、実力さえあるならば、中卒でも全然問題ない。そして、そういう「専門家」に依頼するかどうかはあくまでもクライアント側が判断すべきことであり、その基礎には「契約自由の原則」がある。もちろん公正なる競争のためには、判断に必要な事実が正しく伝えられる必要はある。
とは言うものの、自分が専門としない分野について他人の実力を評価することはなかなか難しい。その点、資格や学位などは「少なくとも、それらを得るのに必要なものは持ってい(たことがあ)るはず」という「推定」が成り立つという点で存在意義がある。だから、当人としても、自らの実力を見える化するための手段として資格や学位を使うことができるし、実際に使われてもいる。ただし、あくまで「推定」でしかないから、反証されれば覆ることもある。
さて、プロとして働く際に信用は極めて重要だから、実績・経歴に関する表示は虚偽を含まないよう気を付けなくてはならない。たとえ現時点において充分すぎるほどの実力を持っているとしても関係ない。この点、微妙な表現を使って経歴を「盛る」ことはそれ自体としてはセーフなのかもしれないが、続けているうちに抵抗感が薄らいでくる危険性があることを考えると、やはり避けておいた方が無難だろう。
もし詐称(や盛りすぎ?)がバレれば信用を失うだけでなく契約を打ち切られる(=収入を失う)可能性があるし、状況次第では莫大な額の損害賠償を請求されることもありうる。また、ネット等であることないこと書かれてしまうことも考えられる。もちろん納得できない部分については受けて立つことも可能ではあるものの、それはそれで大きな負担となることは覚悟しておく必要があるだろう。
なお、経営コンサルタントの場合には、もう一つ別の問題が重なると思う。というのは、専門分野の性格上、レピュテーションマネジメントに無知であってはならないと考えられるからだ。その意味で、某K氏のように公式サイトに表示されている自らの経歴に無頓着なのは頗るマズい。そう考えると、今回の騒動は遅かれ早かれやってくる結末だったのかもしれない。
今さらではあるが、氏は(経営・経済などに関する知識・能力について私は関知しないけれども)なかなか多芸多才な人物だったようだから、実績・経歴の表示さえ適切な範囲にとどめておけばよかったのに!という印象が強い。氏の言う「急ごしらえのβ版」が真実なのかどうかについては(ラジオで流れたお詫びでも触れられなかったから)疑問は残るとしても、いずれにせよ不適切な表示が今回の結果につながったのは間違いない。もっとも直接的には本人の意思による「自粛」なのだが。
何はともあれ、「努力が間違った方向に行かないように注意すべき」という意味においては、この事件も他山の石とすべきものなのだろう。単にワイドショー的に盛り上がるだけではよろしくないと感じた次第。
駄文多謝。