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2016年03月27日

9=72、8=56 云々

たまたま「ある算数の問題がネット上で話題になっている。あなたの答えは6?それとも9?」というページを見つけた。簡単に言えば、

9=72
8=56
7=42
6=30
5=20
3=??

というナゾナゾ(?)を扱ったページだ。
(言うまでもないことだが、この「=」の使い方は正しくない。「9=72」ではなく「f(9)=72」などと書くべきところだ。こういうことは日常生活でも疎かにしないことが大事だと思う。)

さて、素直にこの問題に取り組んだ場合、数列(高校数学で出てくるやつ)的な発想に慣れている人ならほとんど瞬時に f(n) = n(n-1) という式に気付くだろう(私もそうだった)。

ところがだ。実はこの問題、上の5つを元にして6つ目の右辺を確定することはそもそも不可能だ。仮に「左辺から右辺を導く関数は4次以下の代数的な式(つまり f(n)=an4+bn3+cn2+dn+e の形)である」といった条件が付いていればその式は f(n)=n2-n=n(n-1) となり、「??」は 6 と定まる。しかし、そういう条件がなければ正解も無限に存在することになる。

つまり、「??」の部分は 9 でも 12 でも 158.32 でも 3.14159265... でも間違っているとは言えないのだ。それどころか、それぞれの答に対応した式を(それも無限にたくさん)立てることすら可能だ。もっとも、あくまでも可能なだけであって、任意の形式を持った6つの式から成る連立方程式を実際に解くなどという面倒なことは、私はやりたくない(笑)。

さて、f(n) = n(n-1) という式に気付いてしまった人は「あっ、これが答だ。簡単じゃん!」と思ってしまい、他の考え方が存在しうることに気付かない可能性も少なからずある。そうなってしまった場合、その人はそれほど論理的とは言えないだろう。

一方、6 以外を答とした人に対しては、「左辺から右辺を導く関数はどんな式になりますか?」と問いただすことができる。もしその問いに答えられないのであれば、その人は論理的に考えたとはとても言い難い。(さりとて、それは「感覚的」というのと同義なのか?という疑問は残るが。)

というわけで、

 @f(n) = n(n-1) という関係に気付く
 A私が中盤に書いたような事情にも配慮できる

の双方を満たすのが、単に 6 とか 9 などと答えるよりはるかに論理的なのではないかと思う。
(そして、自らの不勉強を顧みずにこんな記事を書いてしまう私は「論理的でありたいと強く願う人」なのだとも思う。)

蛇足だが、この記事を Facebook に投稿したところ、アメリカ人の Facebook 友達から

9=72
9−9=72−9
0=63
0/63=63/63
0=1
0・(y−x)=1・(y−x)
0=y−x
0+x=y−x+x
x=y

というコメントがあった。どう答えようかと思ったが、少し考えたうえで

9=72
9−9=72−9
0=63≠1
0≠1
0・(y−x)≠1・(y−x)
(1−0)(y−x)≠0
1・(y−x)≠0
y−x≠0
x≠y

と返しておいた。

(わかる人にはわかると思うが、偽命題を前提にすればどんな命題も導き出せるという論理を利用している。)



posted by 物好鬼 at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | その他、雑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

経歴詐称につきツラツラと

経歴詐称が話題になっているので、思ったことを徒然なるままに…。

一口に経歴と言ってもいろいろある。まず、そのなかで「学歴」と呼ばれるものについて考えてみると、それは大抵「学習歴」ではなく(まして「学的研鑽歴」などではさらになく)「学校歴」と呼ぶべきものであることに気付く。

そして(欧米はともかく)日本の大学は合格するまでがキモで、卒業するのは比較的やさしいと言われている点にも注意が必要だ。つまり、ある大学を卒業したという事実は、その大学に入学したことがあるというのと大差ないのだ。(ちなみに私はサボりすぎて留年したが、卒業は問題なくできた。教職をとらなかったのは失敗だったかもしれないとは最近になって思い始めているが…。)

ということは、「学歴」そのもの(特に日本の大学を卒業するまでの部分)によって表されているのは、「大学合格までの実績」がその大半を占めているということになる。若手を終えて中堅以上の年齢ともなれば、大学合格以降の方が研鑽期間としては長いものであるはずなのに、だ。そこで、大学合格以降の実績・経歴が大きな問題となってくる…はずだ。(と、冷や汗をかきながら書いてみる。)

ところで、経営(に限らず)コンサルタントになるのに特定の資格や学位は要求されない。その意味では、実力さえあるならば、中卒でも全然問題ない。そして、そういう「専門家」に依頼するかどうかはあくまでもクライアント側が判断すべきことであり、その基礎には「契約自由の原則」がある。もちろん公正なる競争のためには、判断に必要な事実が正しく伝えられる必要はある。

とは言うものの、自分が専門としない分野について他人の実力を評価することはなかなか難しい。その点、資格や学位などは「少なくとも、それらを得るのに必要なものは持ってい(たことがあ)るはず」という「推定」が成り立つという点で存在意義がある。だから、当人としても、自らの実力を見える化するための手段として資格や学位を使うことができるし、実際に使われてもいる。ただし、あくまで「推定」でしかないから、反証されれば覆ることもある。

さて、プロとして働く際に信用は極めて重要だから、実績・経歴に関する表示は虚偽を含まないよう気を付けなくてはならない。たとえ現時点において充分すぎるほどの実力を持っているとしても関係ない。この点、微妙な表現を使って経歴を「盛る」ことはそれ自体としてはセーフなのかもしれないが、続けているうちに抵抗感が薄らいでくる危険性があることを考えると、やはり避けておいた方が無難だろう。

もし詐称(や盛りすぎ?)がバレれば信用を失うだけでなく契約を打ち切られる(=収入を失う)可能性があるし、状況次第では莫大な額の損害賠償を請求されることもありうる。また、ネット等であることないこと書かれてしまうことも考えられる。もちろん納得できない部分については受けて立つことも可能ではあるものの、それはそれで大きな負担となることは覚悟しておく必要があるだろう。

なお、経営コンサルタントの場合には、もう一つ別の問題が重なると思う。というのは、専門分野の性格上、レピュテーションマネジメントに無知であってはならないと考えられるからだ。その意味で、某K氏のように公式サイトに表示されている自らの経歴に無頓着なのは頗るマズい。そう考えると、今回の騒動は遅かれ早かれやってくる結末だったのかもしれない。

今さらではあるが、氏は(経営・経済などに関する知識・能力について私は関知しないけれども)なかなか多芸多才な人物だったようだから、実績・経歴の表示さえ適切な範囲にとどめておけばよかったのに!という印象が強い。氏の言う「急ごしらえのβ版」が真実なのかどうかについては(ラジオで流れたお詫びでも触れられなかったから)疑問は残るとしても、いずれにせよ不適切な表示が今回の結果につながったのは間違いない。もっとも直接的には本人の意思による「自粛」なのだが。

何はともあれ、「努力が間違った方向に行かないように注意すべき」という意味においては、この事件も他山の石とすべきものなのだろう。単にワイドショー的に盛り上がるだけではよろしくないと感じた次第。

駄文多謝。

posted by 物好鬼 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他、雑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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