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2015年12月31日

入試の制度は現実的なものに

今年最後の記事は入試関連。対象は "新共通テスト、「記述式」分離先行案 50万人分「採点に数カ月」 「高校生活に影響大」" というニュース記事。

記述式を分離先行させてはというのだが、正気なんだろうか。記事を読むと部活との兼ね合いを気にしている校長もいるらしいが、そんなことは大した問題ではあるまい。学校では部活よりも勉強を優先するのが基本なのだから。

もっと大きな問題なのは、生徒たち自身にとって、記述式の方が準備に時間がかかるということだ。高校生活はたった3年間しかないのに、その中で数ヵ月も前倒しで実施されたのでは当の受験生たちはたまらないだろう。

その意味で、分離先行案はウルトラCでも何でもない。採点側ばかりに配慮した身勝手なものであり、高校生側から見れば「斜め上」の発想でしかないとすら言える。採点の手間を考えると費用も馬鹿にならないはずなのだが、それは受験料でまかなうのだろうか。もちろん指導する高校側もいろいろ大変だろう。

結局のところ、この問題は昨年12月の中教審答申「新しい時代にふさわしい……一体的改革について」が足枷になっているわけだが、できないことを無理にやったところで、そのしわ寄せを受けるのは高校生たちだ。そんな拙速はできるだけ避けなくてはならない。

ちなみに、中教審は「文部科学大臣の諮問機関で,文部科学省に置かれている多数の審議会のうち最高の位置を占め,最も基本的な重要事項を取り扱う」(コトバンク)ものだ。しかし、審議会とはいっても参与機関ではなく諮問機関であり、その答申に法的拘束力はない(参議院法制局 HP のコラムによる)ということに注意が必要だ。もちろん文科省としては中教審の答申を軽視するわけにはいかないだろうが、答申の内容をそのまま受け入れる場合であっても、その判断についての責任は全面的に文科省(そのトップは文科大臣)にある。

つまり最終的には文科省の当事者能力が問われるわけだ。となれば、ここは文科省自身の責任において答申内容の当否について英断を下すべきところだろう。そもそも大学受験生全員に統一的な記述式試験を受けさせる必要があるのか? 入試制度に関して皆が驚くほど無理筋な案を出してくるのは、当の官僚たちがマークシート世代のトップランナーであったことと関係があるのか、あるいは一般国民には見えない特殊な「力」が背後で働いているのか、それは私にはわからない。いずれにしても、受験生たちのためにも現実的な判断をしてほしいものだ。



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2015年12月22日

英語にはスピーキングより暗唱のテストはいかが?

ニュースをチェックしていたら、「大学入試改革 新テスト 記述式をまず国語と数学で」という記事を見つけた(英語にも触れられている)。

ざっと見たところ、国立大学協会の「数十万人が受験する規模のテストで、物理的に実現可能かどうかが最大のポイントになる」に尽きると思った。理想は理解できるとしても、何でもかんでもテストに盛り込もうとしすぎなのだ。

以下、入試に関する私見(試験だけに)。

国語は現状(センター試験+2次試験)のままでよい。それ以上の測定が必要ならその範囲でやればよいのであって、全員に高度なテストを受けさせる必要はない。

数学もほぼ同様だが、マークであれ筆記であれ、公式・定理の証明を扱うとよいと思う(この方法はおそらく物理でヨリ有効)。

英語については、現状のものに加うるに

 @英語の音声(100語程度の未知のパラグラフ)を
  30分で答案用紙に書き取る

 A書き取ったものを
  30分で暗記する

 B暗記したものを
  20分で別の答案用紙に書き出す
  (@の答案用紙は見ないで行う)

というテストを課してはどうか(時間や語数は仮のもの)。課題のパラグラフは、文法・語法・語彙・音声などに関する知識や能力によって聞き取りやすさや覚えやすさが違ってくるように作成しておく。

この方式には

 ・受験者の英語力が多面的に測定できる
  (Bを口頭で行えば更に総合性が高まる)
 ・創造性を問わないので
   ・採点の手間が比較的小さくてすむ
   ・採点結果のバラツキも少ない
 ・試験対策がそのまま英語力向上につながる

といったメリットがあろう。

これで散々な結果に終わる受験生は英語の基礎力が不足しているはずだから、スピーキングテストなどを課してもあまり意味があるとは思えない(基礎力不足のまま無理に対策してもブロークンを加速するのみであろう)。つまり、パラグラフ書き取り・暗記・書き出しのテストはスピーキングテストなどへの足切りとしても有用であると考えられる。

蛇足:センター英語のリスニングについては、@スピードを5割くらい上げる(内容が易しいのだからスピードを落とす必要はない)、A1度しか聞かせない、の2点を提案したい。リーディングは制限時間を短くするとよい。完璧にはほど遠いとは思うが、これだけでもかなり実戦的になるはずだ。

posted by 物好鬼 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 学習一般について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

脳科学的に専門家とは何?

今度は "中野信子氏「日本人は、脳科学的に英語が下手」" という記事。

脳科学者さん曰く、
大まかには、プログラミング言語は人間の言語(自然言語)の認知方法を基に作られています。だからIT系の人はそれほど抵抗をもたずに、語学の学習ができると考えられます。

 「ユニバーサルグラマー(普遍文法)」という概念があって、日本語、英語、どの言語であっても、言葉による認知の方法は、大きく違わないといわれています。たとえば「話す」とか「取る」といった基本的な動作を表す動詞や、身近な物を指示する名詞は、どの言語にもありますよね。それらを概念化して認知し、単語を組み合わせて文章を構築するという基本的な流れは、どの言語でも違わないだろうという考え方です。プログラミング言語も同様です。
との由。せっかくなので私なりにツッコミを入れておきたい。

まず、「『話す』とか『取る』といった基本的な動作を表す動詞や、身近な物を指示する名詞は、どの言語にもあります」という部分だが、これは人間が生活している現実世界に基礎を持つものであって、普遍文法を云々するまでもない問題だ。人間は対象から得た像をもとにさまざまな認識を創りだすのだから、自然言語の語彙や構造を扱うときにはその点を無視してはうまくいかないのだ。

それから、「プログラミング言語は人間の言語(自然言語)の認知方法を基に作られています」という部分。自然言語にもプログラミング言語にも人間が扱う「言語」としての共通点は多々あるし「習得に共通の基盤があると考えるのが自然だろう」もある程度までは正しいとは思う。

しかし、日本人が特に苦手としていると言われるスピーキングがプログラミング言語には存在していない点は特に注意が必要だ。また、プログラミング言語の内部にもアセンブラから手続型、関数型などさまざまな種類があり、自然言語との距離にもかなり大きな幅があるということも忘れてはならない。この脳科学者さんはこういった事情をまったく認識していないと見える(東大工学部出身らしいのだが)。

次に、終わりの方(現在は登録しないと読めなくなっている)にある「失敗しても心の痛みを感じにくい環境を工夫して作り、積極的に話せる機会を持つことが最善の方法だと思います」という部分。積極的に話すことは大事ではあるが、この点ばかりに注目するのは正しくあるまい。球技におけるドリブル練習や壁打ちテニスなどと同様、文法ドリルや独り言といった一人練習も大いに役立つのだ。むしろ、試合や乱捕りばかりでは高いレベルには到達しづらいということは上達論の世界では何十年も前から指摘されていることであり、すでに常識でなくてはならないことだ。

それに、一人練習にはもう一つの利点がある。それは「人に見られなければ恥をかく心配もない」ということだ。指導者によるフィードバックはもちろん大切ではあるが、語学については文法などの助けが借りられる強みがある。また、語学にしろ他の分野にしろ「ある程度できるようになると、人前でやってみせたくなることが多い」ということも言える。

そもそもだが、セロトニントランスポーターの有無が学習に対してそれほど大きな意味を持つのであれば、多くの日本人は英語以外にもいろいろなこと(特に人前でやるようなこと)を苦手にしていそうなものだが、実際はどうなのだろうか。そのあたりを含めて「風が吹けば桶屋が儲かる」的という印象を受けたし、「専門家とは何?」とも思わされた。脳科学は英語で no science と言うに違いない!などと言ったら真面目な専門家に叱られるかもしれないが、専門家同士での相互批判がもっと必要なのではないかとは思う。

posted by 物好鬼 at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 学習一般について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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