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2015年06月14日

横山カズ『パワー音読入門』

はじめに

日本国内にいながら完全独学で同時通訳者になった著者・横山カズ氏による、新しいトレーニング方法の本。現代日本人英語学習者の多く(おそらく私も含め)に不足している部分をカバーするもので、英語(外国語)学習の世界では今年一番のヒットに値する内容を持っていると思う。

汗をかかずに体を鍛える方法がないのと同様、言わば頭で汗をかく(?)ことなしに英語力を鍛えることはできない。大学入試の4技能化が進んでいることもあってか、最近では「話せるようになるためには話す練習が大切だ」と言われることが多くなってはきた。しかし、実際に取り組もうとすると、個々の英文すら自信を持って言えない現実に直面することが少なくないはずだ。

言うまでもないだろうが、これは「話すために必要な<ナニカ>を、いつ、どのようにして吸収するのか」という極めて本質的な観点が抜け落ちているせいだ。横山カズ氏のパワー音読(以下「POD」)は、生きた英文を徹底的に吸収するという方法によって、この問題に対する強力な解決策を提示している。


例文学習としての面

その意味で POD というのは私がかねてから説いている例文学習の一種であり、もっと一般化するならば、「型」を使った学び方(それは東アジアが世界に誇る伝統的な智恵であると言ってよい)の一種でもある。この<型による学び>の重要性を指摘する人は少ないようだが、本当はもっと評価されてよい側面であると思う。例文学習の効能については、私などよりもずっと昔からいろいろな人が言及している。以下に少し引用する。

根気よくこれをくり返しくり返し読んでいただきたい。日本文をチラッと見て英文が一息にスラスラと言えるまでに自らを訓練するのである。そうしてしばらくするとその文例は次第に消化されて自分のものとなり、時に応じて英語が口を突き、指先にうずくようになる、すなわち応用ができる段階に到達する。
(佐々木高政『和文英訳の修業』(文建書房、絶版)初版「はしがき」)

 まず、英文の方をふせて、日本文を自分で口頭で英語にしてみる。それから、英語のほうをチェックする。作文には自信があっても、ともかく、その本を、考えることなくスラスラいえるようになるまで、繰り返し繰り返し練習した。はじめて見るような単語は、全部を通して一つもなかったが、知っていて使えずにいた単語に生命力を与えてくれた点で、この本は、はかりしれないほど役に立った。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』(実業之日本社、絶版)p.66)
 ……暗記用の五百の文例は、すべて習得し、日本語の部分を見てすぐ英語がでてくるようになっていたうえ、それらの暗記した文が、常時、混乱したエコーのように頭の中で聞こえるようになった。
(同 p.82)
 わたしがこれまで、多国語を話せるようになった経験からいって、最良の方法と信じているのは、基礎的な文章を丸暗記してしまうことである。
(中略)
 章句を暗記していれば、組み立ての苦労なしにそっくりレディ・メードを実用に供することができる。しかも五百の章句で、たいていの表現はまにあわすことができるのである。多少のおきかえの機転がきけば、まず、こまることは少ない、といっても過言ではない。
(同 pp.184-185)

これらはいずれも拙著で(もともとは7年前のブログ記事で)紹介しているものだが、特に注目すべきなのは上で赤字にしてある部分だ。これは単なる「勉強」の域を超えていて、まさに「修業」の結果であると言ってよいものだ。これこそが外国語学習の秘訣であり、今回の POD は(まったく同じではないとしても)類似の成果を上げるための具体的方法の一つであるというのが、私の POD に対する基本的な評価だ。ちなみに「音読」という名称を使ってはいても、その実質は「音読をとおしてのリプロダクション」と言ってよいだろう。


本書について

さて、肝心の本書の中味だが、まず冒頭の理論編では開発の経緯とともに「実践法」が詳しく述べられる。そしてその後の実践編にはたくさんの素材が用意されている。

掲載されている例文はどれも生き生きとしたもので、著者が普段からどれだけ大量のナマの英語に触れているかを感じさせるに充分なものがある。もちろん音声もある。また、単元ごとに1つの文法的テーマを割り振りながらも、それと同時にユーモアを盛り込むことも忘れていない。特にダイエットネタ(p.102)の最終行などは、なかなか痛いところを突いていると個人的には思う(汗)。

ついでながら、各単元(見開き)の左下と右上の欄にも親切な工夫が見られることを指摘しておきたい。

(この方法を実践することで得られる具体的な効能については、下記のフォローも含めた記事を近日中に書く予定である。)


私なりのフォロー

さて、ならばこの1冊があれば誰でもスムーズに練習が進められるのかと言えば、少しばかりの不安が残る。というのも、持ち合わせている知識も能力も、学習者一人ひとり異なるからだ。その点をケアするために特に重要なものとしては、@音声面、A文構造、B復習方略 の3つがある。以下、分説する。

@音声面

本書でも音声面を軽視しているわけではない。特に Step 3 の「ささやき音読」は秀逸で、私もかつて無声子音(例えば strike の [st] など)の発音を練習する際に、似たような方法を使ったことがある。もっとも私は「ひそひそ話」と形容していたが。

とは言うものの、音声面において注意すべき点は無声子音にとどまらず、実はかなりの数がある。それらはどうするのか?

その点に対する私からの処方箋は2つある。一つは (a) 適当な教材を使って発音全般についての基礎的な勉強をすることで、もう一つは (b) POD する個々の素材について、お手本の音声をよく聴いて音声面の確認をすることだ。

(a) の目安としては、辞書の発音記号一覧に掲載されているような簡単な実例(単語)を自信を持って実演・解説できるようになればよい。また、(b) については、最初は無理に音読やシャドーイングに走らず、しっかりと聴き入ることをお勧めしたい。

ちなみに私の場合は、15年くらい前に40分ほどの音声素材を300回くらい繰り返して聴いたことが、音声面において大きな転機となった。これはそのときの経験から断言できるのだが、そのような徹底した反復(これは (a) に属する)によって音声面に関するガッチリした基盤ができあがると、新たな例文を学ぶ際(これは (b) に属する)に必要とされる分析・再確認の時間はどんどん短くなり、最終的にはほぼゼロになる。

A文構造

これについては Step 1 の「チャンク音読」があり、簡単な構造の文についてはそれで足りる。しかし、例えば p.64 に登場する "what it takes to be ○○" という言い回しに関して、どうしてこういう言い方ができるのかがピンと来る人は、中級レベル以下ではそれほど多くはないと思う。丸覚えすれば使いこなせるようになるのだとしても、私のように理論派を自認する人間にとっては少し物足りないのも事実だ。

そこでその攻略方法が問題になるわけだが、「受験勉強にも POD を」(p.126)にヒントのようなものが書かれている。それを手元の教材(英作文や構文の参考書がよかろう)で実践すると、かなり大きな御利益(ごりやく)があると思う。

なお、文構造を複雑化していく体系については拙著で詳しく触れているので、適宜 POD と併用されたい。現在準備中の改訂版では更にわかりやすいものにする予定である。もちろん、市販されている本の中にも、澤井康佑『一生モノの英文法 COMPLETE』(別途紹介予定)など、この目的に有用と思われる参考書がいくつかある。

B復習方略

本書の方法は、どちらかというと一度にガーッと反復するものだ。ところがこういうやり方(維持型リハーサル)は、短期記憶には残りやすいが長期記憶には残りにくいと心理学の世界では言われている。これをカバーするには、(1) 情報を精緻化すること(精緻化リハーサル)や、(2) 反復の間隔を少しずつ長くすること(間隔伸長法)などの工夫が有効だろう。このうち (1) 情報の精緻化はAで述べた文構造の理解・再措定で足りるであろうが、問題は (2) 反復の方法だ。

本書の記述としては「気に入った素材・自分の弱点である文法や単語の表現を含む素材などを1つ決めて、一定期間(3日〜1週間)継続して POD することをお勧めします」(p.53)という部分が大切で、これは特に初心者〜中級者に有益なアドバイスだと思う。というのは、学ぶ素材は互いに無関係なように見えても実はたくさんの共通点を含んでいるため、特に初期の段階ではできるだけ継続的反復の比率を高くした方が後々の学習に資するものが多くなるのだ。ただし、反復の間隔は少しずつ長くしていくようにスケジューリングすると、よりよい効果が得られるだろう。

というわけで、私なりに3点挙げてみたが、私はこれらが POD の弱点であると考えているわけではない。むしろ、これらの点を意識することで POD の効果が確実に発揮できるのではないかと考えている。そもそも個々人に不足しているものには違いがあるのだから、学習者一人ひとりが自分自身の状況をよく知って工夫する必要があるのは当然のことだ。

もちろんこのことは、どんなノウハウについても大なり小なり言える。むしろ大切なのは、学んだノウハウに関して、提唱者と同じくらいの熱意を持って取り組めるかどうかだろう。どんなに有効な方法でも、それを知っただけでは意味がないのだから。


今後に向けて

以上長々と述べてきたことからもわかるように、今後の POD には非常に大きな可能性がある。もっとも、話せるようになるための訓練に関して、優れた方法が過去に存在しなかったわけではない。このブログ(そして拙著)でも詳しく紹介している96型ドリルや転換練習などはまさにそうであり、熱心に取り組めば POD に匹敵する効能があると私は考えている。ところがどういうわけか、それらの方法は今ではほとんど顧みられることもない状況にあるというのが悲しい現実だ。ラクを求める時代だからか。

それに対して今回の POD は今まさに脚光を浴びつつところだ。これが往年のドリルたちと同じ道を歩んでしまってはもったいないわけだが、それを防ぐ最良の方法は、POD の支持者やその生徒さんたちが POD を実践して結果を出しつづけてみせることだろう。冒頭にも書いたように、実力をつけるには汗をかくことが何よりも大切だ。

もちろん同じ方法で「往年のドリルたち」の復活も試みたいところであり、拙著改訂版ではその点も併せて強調したいと思っている。


もうひとつふたつ

最後になったが、今後も著者によるセミナーが開催されるであろうから、機会があれば参加してみることを強くお勧めしたい。たとえ本を味読して頭で理解していても、現場に行って生で見ることによる刺激の大きさは決してバカにならない。私も過去に2度ばかり参加しているのだが、特に著者による同時通訳の実演は圧巻だった。

参考までに、これは先日ネットで放送された番組の模様。私はスタジオ内で聴いていた。50分ほどの番組であるが、これにより著者の「人となり」がよくわかるので、ぜひ最後までご覧いただきたいと思う。




 

posted by 物好鬼 at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 個別の教材について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする